信心過ぎて極楽通りこす

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2016年 09月 21日

共鳴回路

人は悩み事や悲しみがあると音楽を聴く気にならないものだ。

気晴らしに聴くという気にもならない。

小生に限らず皆そうであろう。

己の中の”共鳴回路”が作動しないのである。

スピーカーから出てくる音は物理的には聞こえるが音楽は逆相成分で打ち消されたように心には全く響かない。

音の質感、バランスなんて考えもしない。

この一ヶ月間殆どアンプに灯を入れることはなかった。





10日程前に甲状腺を半分切除した。

4年前から甲状腺腫瘍の経過観察をしてきたが増大傾向と強い違和感があるためここに来て決断した。

整形外科で手足の手術は受けた経験があるが「首を切られる」のはすこぶる気が重い。

術前の細胞診では良性or悪性の判断はつかない種類なので術後も気分は晴れない。

切除後の病理検査で「シロ」と出て、文字通りやっと胸のつかえが取れた。

晴れた気分で聴く Miles や Clark Terry は何時に無く冴え渡っている。

いや、己の共鳴回路が冴え渡っていると云うのが真相なのかもしれない。
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悩んでいる時に聴いたクラシックは殆ど”葬送行進曲状態”だったが

今聴いているラフマニノフは優美なロマンティシズムを放っている。
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生活が立ち行かなくなった時、最愛の家族や友人を失った時、音楽を聴けるのか?

その答えをパウル ヒンデミット(ドイツの作曲家)が言っている。「受け入れる心になるまでは、音楽も意味のない騒音にすぎない。」

究極は、不治の病で希望が持てなくなった時、”その日”が来るまでに「受け入れる心」が一時的にせよ取り戻せるだろうか?



元気なうちに聴こう。元気なうちにオーディオ弄ろう。

それでいいと思う。

それしかない。













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by gokurakutojigoku | 2016-09-21 22:58 | Comments(19)